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【後編】SLファンの愛が支えるデゴイチ八っちゃんの保存活動@大物公園

尼崎の子供達の声に応えてやって来たD51 8

尼崎の子供達の声に応えてやって来たD51 8

【前編】SLファンの愛が支えるデゴイチ八っちゃんの保存活動@大物公園はこちら

 

写真:『市報あまがさき』第547号,1973.6.20収録「D51がやってきた 子どもたちの夢が実現」の記事

 

尼崎市の広報誌「月刊あまがさき」「市報あまがさき」によると、D51 8が大物公園にやって来るきっかけとなったのは、1972(昭和47)年の8月22日から24日にかけて、市青少年対策本部事務局とこども会連絡協議会が実施した「少年SLの旅」という催しでした。この催しはC57形蒸気機関車「わんぱく号」で兵庫県豊岡ハチ高原に向かった子どもたち370名がキャンプやハイキングを楽しむというもので、その後、市内各所の子ども会から蒸気機関車がほしいという要望が寄せられるようになりました。これを受けて、市が国鉄と交渉した結果、D51型蒸気機関車が無償で永久貸与されることになりました。

 

D51 8号機は引退後神戸市の国鉄鷹取工場に保管されていましたが、尼崎市への貸与が決まると、翌年の4月から同工場で約1ヶ月間のメンテナンスを受けます。翌月1973(昭和48)年の5月31日、D51 8号機は鷹取工場から国鉄尼崎駅へ、そこからはパトロールカーに先導されたトレーラー車2台で大物公園へと運び込まれました。

 

【後編】SLファンの愛が支えるデゴイチ八っちゃんの保存活動@大物公園

『月刊あまがさき』第10巻第6号1973.6.10収録のやじうまルポ「はじめまして!私はデゴイチの八っちゃんで~す」で大物公園へと運ばれるD51 8。八っちゃんの名付け親は不明だそうですが、この記事が出て以降D51 8号機は「八っちゃん」と呼ばれるようになりました。

八っちゃんてどんな機関車?その特徴と注目ポイント

八っちゃんてどんな機関車?その特徴と注目ポイント

写真:煙突の左右に付いている板状のものは除煙板、またはデフレクターと呼ばれるもので、走行時に車両前方からの空気の流れを上向きに導くことで、煙突から排出される煤煙を上へ流し、運転室からの前方視界を改善する効果があります。また、煙が客車へ来ないようにする役割もあるそうです。日本では1920年代後半から試験的な導入や改良が進められ、後にほとんどの蒸気機関車に装備されました。

 

デゴイチの八っちゃんは1936(昭和11)年3月31日、神戸市の川崎重工業から分社化した川崎車輛でD51 8号機として誕生、九州の大里機関区に配属されました。D51 8号機はその後九州の鳥栖、熊本、吉松機関区で活躍、最後は山口県の厚狭(あさ)機関区を走り、1972(昭和47)年12月10日に引退しました。延べ走行距離は241万キロメートルでした。

 

D51形は全部で1,115両、国内で最も多く製造された貨物牽引車です。貨物用ですが、力が強いのを買われて、勾配の多い所謂「山線」では客車列車も牽引しています。D51 8号機はD51形の初期型で8番目に製造されました。現在全国には約600両の動態保存・静態保存車両が残されています。子供達に大人気の「きかんしゃトーマス」に出てくる日本からやって来たヒロもまたD51形をモデルとしています。

 

【後編】SLファンの愛が支えるデゴイチ八っちゃんの保存活動@大物公園

写真:区名札は機関士側が吉松機関区の「吉」、助士側が厚狭(あさ)機関区の「厚」となっています。赤いナンバープレートを鉄ちゃんの間では「口紅」と呼ぶそうです。八っちゃんに付いているD51 8のナンバープレートはレプリカで、本物は尼崎市役所に保管されているそうです。

 

【後編】SLファンの愛が支えるデゴイチ八っちゃんの保存活動@大物公園

写真:D51 8号機にはボイラーの上にある煙突、給水加熱機、砂箱、蒸気溜めの全部をカバーで覆った「半流線形」、通称「ナメクジドーム」と呼ばれる独特のカバーがついており、D51 8号機最大の特徴となっています。ナメクジドーム付きの車両は全部で26両製作されましたが、初期形であるナメクジドームを持つ車両は4両しか現存していないそうです。その中でもD51 8は保存状態がとても良いのだとか。

 

【後編】SLファンの愛が支えるデゴイチ八っちゃんの保存活動@大物公園

写真:こちらは別の記事でご紹介したJR神戸駅前のD51 1072号機。戦時型車両の特徴とされた「かまぼこドーム」です。製作された時期によってこんなに形が違うんですね。

 

【後編】SLファンの愛が支えるデゴイチ八っちゃんの保存活動@大物公園

写真:八っちゃんの機関室の中

 

【後編】SLファンの愛が支えるデゴイチ八っちゃんの保存活動@大物公園

写真:機関室から見た炭水車(テンダー)。上部に石炭などの燃料を積み、下部は蒸気を作るための水槽になっています。

 

【後編】SLファンの愛が支えるデゴイチ八っちゃんの保存活動@大物公園

写真;炭水車を後ろから見たところ。

 

【後編】SLファンの愛が支えるデゴイチ八っちゃんの保存活動@大物公園

写真:船底テンダーのD51 1072号機。比較するとD51 8号機は底が真四角なのがわかります。

 

【後編】SLファンの愛が支えるデゴイチ八っちゃんの保存活動@大物公園

D51形には4つの動輪がついています。よく見ると第3動輪にはD51 8の刻印がありますが、第4動輪の刻印はD51 44となっています。これはD51 8が鷹取工場でメンテナンスされた時に状態の良くなかった第4動輪が別の車両のものと交換されたため。鷹取工場はわざわざ動輪を交換するほどしっかりと八っちゃんを整備してくれていたんですね。

 

【後編】SLファンの愛が支えるデゴイチ八っちゃんの保存活動@大物公園

写真:第4動輪の刻印。「D51 44」となっています。

 

【後編】SLファンの愛が支えるデゴイチ八っちゃんの保存活動@大物公園

写真:機関室の前についているこの物体はATS(自動列車停止装置)の発電機。全国で保存されているSLの中でもD51 8号機にのみ残されているそうです。1962年(昭和37)年の三河島事故と呼ばれる脱線事故がきっかけとなり、1966(昭和41)年、国鉄全線の車内警報装置に非常制動タイマーを付加したATSが設置されました。D51 8へのATS設置は同機が九州から山口県の厚狭機関区へ異動となった1970(昭和45)年頃に行われたそうです。

 

【後編】SLファンの愛が支えるデゴイチ八っちゃんの保存活動@大物公園

写真:機関室の側面に四角で囲まれた「S」の字。これがATS付き車両の印なのだそう。

鉄道愛で八っちゃんの保存活動を支えてきた「尼崎デゴイチの会」

鉄道愛で八っちゃんの保存活動を支えてきた「尼崎デゴイチの会」

2022年初のデゴイチ公開日の1ヶ月前、「尼崎デゴイチの会」の有志により、丸1日をかけて八っちゃんのメンテナンスが行われました。この日、私やまさんは大物公園を訪問し、会の代表山本克彦(79歳)さんと副代表格の田原久嗣(82歳)さんにお話を伺いました。

 

【後編】SLファンの愛が支えるデゴイチ八っちゃんの保存活動@大物公園

写真:右が山本さん、左が田原さん

 

山本さんとSLとの出会いは1946年にまで遡ります。明石市大久保町に母親と共に疎開していた当時2歳の山本さんは、初めて見た蒸気機関車に一目惚れ、以来ずっと鉄道マニアの道を歩んで来ました。県立芦屋高等学校へ進んだ山本さんは鉄道研究部に所属、現在もOB会に所属し、鉄道好きの幅広い年齢層の仲間達と交流を続けています。

 

現在7名のメンバーによって活動が支えられている「尼崎デゴイチの会」ですが、現状に落ち着くまでは大変な苦労があったそうです。山本さんが八っちゃんの保存活動に加わったのは2010年。デゴイチ開放日に訪問し、受付案内をしていた3名のボランティアの方に入会を申し出ました。「八っちゃんがやって来た当初は鷹取工場の方がメンテナンスをしていたようですが、その工場も2000年に廃止され、その後はボランティアの先輩達が手弁当で剥離した塗装を削って再塗装したり、油拭きをしたりと整備を続けていました」

 

【後編】SLファンの愛が支えるデゴイチ八っちゃんの保存活動@大物公園

山本さんから保存活動の様子が示された資料をたくさん見せていただきました。この資料によると、1998年当時は車両のメンテナンスは全くされておらず、車体の劣化が進んでいる様子が見られます。ボランティアによる保存活動が始まったのはこの頃からのようです。2002年の写真では、車体がきれいに塗装され、正面に日章旗とヘッドマークが飾られています。

 

その古参メンバーも活動を辞めることになり、後を託された山本さんは2012年「尼崎デゴイチの会」の代表に。翌年の2013年、母校である県立芦屋高校鉄道研究部のOB会である「芦高鉄研OB会」で田原さんと出会い、デゴイチの会へと誘います。「4~6歳の頃に疎開先の播州赤穂でSLを見て以来ずっと鉄道一筋。誘われた時は二つ返事でOKしました。この手で本物のSLに触れるなんて鉄道好きには願ってもない事ですから」と田原さん。

 

その後2013年から2020年までの9年間は数人のボランティアでなんとか活動を続けてきました。SLは大好きだけど、あまりにも人手が足りない。山本さんと田原さんが活動に限界を覚えていた2019年の11月、その年最後のデゴイチ開放日に4人の見学者が八っちゃんの保全活動を手伝いたいと申し出てきました。

 

この時のことを山本さんは「天祐」、田原さんは「救世主が来た」と振り返ります。「開放日には山本さんが見学客の案内をし、その間は私が1人で車両のメンテナンスをしていたので本当に大変でした。この歳になって若い鉄道ファンと知り合い、SLの保存活動が続けられて、こんな嬉しいことはないです」と田原さん。

 

この時の4人の新メンバーは元々面識もなく、それぞれ別々に八っちゃんのことを偶然に知り、惹かれるようにやって来たのだそう。4人は「鉄道が大好き」という1点だけが共通していたのです。山本さんと田原さんが喜んだことに、4人は鉄道や機械についての知識や経験も豊富だそうです。

 

新メンバーの皆さんにもお話を伺いました。Nさんは現役の鉄道職員。散歩の途中で偶然D51 8のメンテナンスをしている山本さんを見かけ、話をしたことがきっかけでお手伝いをすることになったそうです。Nさんは関西圏で保存されているSLの保存活動事情にも通じており、尼崎市や西宮市で保存されているSLについても、より良い形での保存ができるようになって欲しいと考えています。

 

山本さんによると、この日は欠席だったのですが、新しいメンバーの中にはIさんという女性もいるそうです。「IさんはSLのメカに滅法強く、私も色々と指導してもらっています」

 

「これまで活動が続けてこられたのはひとえにSLに対する愛情があるから。私が代表になってからの6年間は、尼崎市のこども青少年課にお願いして塗料などを苦しい会計から捻出して頂きました。今も整備の油拭きに使用するエンジンオイルの廃油は公園の近くにある運送屋さんの会長が無償で提供してくれています。3年前からはフェンスの取り替えなどの補助も受けられるようになりました。」と山本さん。

 

「八っちゃんは神戸で生まれた貴重な産業遺産であり、尼崎の子供たちの資産です。できるだけ多くの人から興味を持ってもらい、支援をしてもらえたらと考えています」

震災を乗り越えた保育所園児達と運転士さん達との心温まる交流のエピソード

震災を乗り越えた保育所園児達と運転士さん達との心温まる交流のエピソード

写真:震災後全線開通した阪急神戸線夙川―芦屋川線路沿いで小旗を振って運転士さんを応援する岩園保育所の園児達(イメージ図)

 

デゴイチ開放日の休憩時間、山本さんがこんなお話をしてくれました。

 

今から27年前、阪神淡路大震災が起きた1995年1月17日のことです。阪神線、阪急線、JR線の鉄道が至る所で寸断しました。阪神沿線の住宅も多くが全壊や半壊しインフラもストップ。誰もが避難先や飲料水・食糧の確保、安否の確認、近所の怪我人救出、自宅の片付けなどに追われていました。震災により当時山本さんのご両親が暮らしていた芦屋市では、阪急神戸線の西宮北口駅―夙川駅間で高架線が倒壊、震災翌日から阪急電鉄では急ピッチで復旧作業に当たっていました。

 

阪急沿線の夙川駅と芦屋川駅の間、その線路沿いに芦屋市立岩園保育所があります。所内ではその頃、震災により精神的なストレスを受けた園児達の泣き声が止む事はありませんでした。そんなある日、踏切からカン・カン・カンという警報機の音が聞こえてきました。震災以降絶えて聞こえることのなかった音です。保育士さんは園児達を連れ出し、電車が走る様子を見せました。すると子供達は面白いように泣き止み、「次はどっちから来るかな?」という保育士さんの話に耳を傾けるようになりました。警笛が聞こえてきた理由、それは4月7日から夙川―岡本駅間が開通し、区間運転が始まったことによるものでした。このことを知った園児の親御さんたちは、毎日泣いていた我が子が電車のおかげで落ち着きを取り戻したことを喜び、阪急電鉄に感謝や激励の手紙を送りました。阪急の工事は着々と進み、3月13日に王子公園―三宮間、6月1日に御影―岡本間、花隈―三宮間、6月12日に夙川―西宮北口間が開通し、震災からわずか5ヶ月後の6月12日、車両に全線開通記念のヘッドマークが掲出されました。

 

阪急全線開通の6月12日、園児達は線路沿いに並んで、やってくる阪急の1番電車に向かって「はんきゅうさん、かいつうおめでとう!!」と一斉にお祝いの小旗を振りました。保育所の土手には「うんてんしさん かいつう おめでとう」と書かれた横断幕も掲げてありました。これを確認した運転士さんも警笛を軽く「ふぁ〜ん」と鳴らす汽笛合図で応え、手を振りました。当時の阪急電鉄運行本部長Oさんは、各電車の運転士から園児達の「おめでとうコール」を受けたという報告を次々と受け、予想外のことに驚き、感激の涙を流したそうです。

 

この、当時運行本部長だったOさんは元芦屋高校鉄道研究部員でOB会会員。山本さんの先輩にあたる人で旧知の仲でしたが、4、5年前からOB会で更に親しくなったそうです。一方で、山本さんが震災の2年後にご両親の住んでいた芦屋の家を建て直し、引っ越したところ、自宅のすぐ近くに岩園保育所があり、保育所の所長や保育士さん達とも懇意になったそうです。Oさんから何度も岩園保育所の園児達が小旗を振って阪急電車を応援してくれた話を聞いていた山本さんは、芦屋高校鉄道研究OB会での鉄道模型の運転会に岩園保育所の所長さんを招待しました。それがきっかけとなり、2020年に岩園保育所でも鉄道模型の運転会を開くことに。Oさんは運転会に自身が所有していたGゲージを持ち込み、更に阪急電車を応援してくれたお礼にとGゲージの鉄道模型を保育所に寄贈。以後保育所では年に数回Gゲージトレインの運転会が開かれるようになり、山本さんは模型の運転や運転の仕方を園児達に教えるボランティアを請け負うようになりました。

 

Oさんから「震災の時は阪急の職員も私も本当に苦しかった。崩れそうな気持ちをあの時の園児達がありがとうコールで支えてくれたんだよ」という話を聞いていた山本さんは、岩園保育所の園児達と阪急電車の運転士さん達とのこうした温かい交流のエピソードが保育所の記録にも、阪急電鉄の記録にも残っておらず、誰にも知られていないことをとても残念に思っていたそうです。保育所のほうでもこの時のエピソードを知っていましたが、1番電車がいつ保育所の前を通るか事前に把握し、園児達が運転士さん達を応援するための横断幕や旗を準備した当時の生き証人である保育士さんが誰なのか分からなくなっていました。ですが、先代、そして現在の所長さんが粘り強く調査したところ、ついに当時の保育士さんが見つかり、その保育士さんと山本さんの対談が実現したそうです。残念なことにOさんは保育所で初めてGゲージの運転会をした翌年に他界され、当時の保育士さんとの対面は叶いませんでした。当時の写真が1枚も残っていないことから、この素敵なエピソードを何かの形で残しておきたいと、山本さんと保育所の若い先生は合作で上記の再現イメージ図を作りました。

 

「道で園児達とすれ違う時、私は『Gゲージのおじさん』と呼ばれます。こういう形でこれからもずっと鉄道と関わっていきたいんです」と山本さん。そのお話を聞いた私やまさんは、こういう人達に大物公園の八っちゃんは守られているんだなあと改めて感動を覚えたのでした。

 

【後編】SLファンの愛が支えるデゴイチ八っちゃんの保存活動@大物公園

写真:八っちゃんにも震災当時の様子が残されています。写真の左下に車止めが付いていますが、元々八っちゃんの前輪(動輪の前についている小さい車輪)はここで停止していました。それが今では50〜60cmほど後退しています。これは震災の揺れで八っちゃんの車体が移動してしまったため。大物公園へ八っちゃんを移設する際、車体が地面に沈まないようコンクリート製の枕木が木製の枕木の隣に設置され、土台がしっかりしていたことが幸いしたのか、八っちゃんは転覆を免れました。

「尼崎デゴイチの会」ではボランティアを募集中

「尼崎デゴイチの会」ではボランティアを募集中

写真:元国鉄職員の外田(ほかだ)さんによる八っちゃんのイラスト。外田さんは山本さんと同じ鉄道サークルに所属しており、サークルの同人誌に毎月素敵な鉄道イラストを寄稿しているそうです。山本さんはもっと多くの人に八っちゃんのことを知ってもらいたいと、外田さんにイラスト製作を依頼し、無償で描いていただいたそうです。このイラストはデゴイチ開放日の宣伝用ポスターに使用されました。

 

「尼崎デゴイチの会」ではボランティアを募集中です。「まだまだメンバーが足りません。元気で若い鉄道好きの方は是非大物公園に見学に来て欲しいです」と山本さんと田原さん。入会希望者は、一度八っちゃんの見学に来て名札を下げたスタッフに声をかけてほしいとのことです。次回のデゴイチ開放日は5月15日(日曜日)です。我こそはと思われた方は、大物公園に足を運んでみてくださいね。

 

デゴイチ八っちゃんの一般開放

開催日:4月から11月の毎月第3日曜日

開催時間:10:00〜16:00(12:00〜13:00は開放休止)

申込み:不要

問合せ:06-6423-9996

開催場所:大物公園 阪神大物駅から北へすぐ 

 

文/チアフルライター やまさん

→ やまさんの過去の記事はこちら

 

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